宇宙空間
宇宙空間





物語に寄り添う音楽
  ー liner notes by Yusuke SASAKI

 「基本的に依頼されたことは断らない」と言い、短時間でも大量の作曲をこなす仕事量と、ピアノ曲からポップス、映画音楽、ノイズ・ミュージックまであらゆるジャンルをカバーする幅の広さ。田中文久について語る上で、この二点は欠かせないところだろう。

 しかしこれだけ聞くと、彼のことをまだよく知らない者にとっては、与えられた仕事を忠実にこなす職人気質の作家が連想されるかもしれない。それは決して良い意味ばかりではなく、職人気質という言葉に「器用で優等生的だが作家性・独創性に乏しい」というようなニュアンスが込められていたりして。

 けれどもそれは全くの誤りであることがすぐに分かるだろう。確かに彼は、依頼主の期待を無視していかにもな「作家性」や「独創性」を前面に押し出そうとするような作家ではない。しかし実際に彼の音楽を聞いてみれば、どんなジャンル、どんな依頼で作られた曲にも、一貫して、彼自身の作家としての問題意識が内包されていることが分かる。それは一言で言ってしまえば、「物語に寄り添う音楽」というテーマである。

 目を閉じて、周囲の情報を遮断して、流れてくる音楽だけに集中するようにして彼の曲を聞いてみる。そこで聞こえてくるのは、シンプルというよりはむしろ、どこか何かが足りないような印象を持たせる音である。ひとつの音楽作品が「作品」として成立するために必要な諸要素のうち、ある部分が欠如しているような、そんな感覚――。

 それはおそらく意図的だ。彼はそもそも、自らのつくる音だけで、ひとつの表現を完結させようとはしていない。映像やパフォーマンスなど、他の作家の表現と組み合わることで、あるいは聞き手自身の状況――生きてきた日々――物語と寄り添うことによって、彼の音楽は初めてひとつの作品として成立するように出来ているのだ。人からの依頼は断らない彼だが、自分の曲を単体で発表する機会はこれまで殆ど設けておらず、演劇やパフォーマンス・映画作品のBGMなど他の作家とのコラボレーションのようなかたちでの制作が中心であるのはそのためだろう。
 しかしそれは、一般的な環境音楽やBGMが担う役割とどう違うのか。当然、こうした問いが出てくるだろう。それに対して私は、彼の音楽はただBGMと呼ぶにはあまりにも物語的なのだと答えたい。

 環境音楽やBGMというものは、時間軸を持った表現でありながら、物語性が限りなく希薄なところが特徴としてある――それはそうだろう。勉強中にBGMとして流してる音楽が劇的に二転三転する物語展開を備えていたら、集中なんてとても出来たものではない。それらの役割はあくまで、必要な場面で必要なムードを演出し、盛り上げることにある。

 それに対して田中文久の音楽は、もう少し深く込みいったところまで入りこんでくる。寄り添う相手の用意した脚本に、その流れに、タイミングよく別の脚本を挿入して、そのまま何事もなかったように相手の物語の中で生きてみせる。別の脚本とは、彼の音自体が持つ物語だ。ただムードを盛り上げるための音楽というにはあまりにもドラマチックだが、相手の物語をそっくりそのまま書き換えてしまうほど暴力的でもない。それはまるで、人と人が出会い、意気投合し、同じ空間、同じ時間を共有するようなあり方だ。

 「宇宙空間」は、彼の活動の中では珍しく、他の作家とのコラボレーションを前提としてつくられた作品ではない。だとすると、この作品が共に生きる相手として指名しているのは、これを手に取った聞き手のあなた、ということになるだろう。一音一音に集中してしっかりと聴くのも良いが、ぜひいろんな場所で、いろんなことをしながら――勉強をしたり、読書をしたり、ランニングをしたりしながら、聴いてみてほしい。そしてこの音楽が持つ物語と、あなたの物語が関係を取り結ぶことで生まれるリズムやメロディーを、存分に楽しんでみてほしい。

佐々木友輔(映像作家)
 

宇宙空間
- 田中文久

1 光1
2 旅路
3 光2
4 小惑星群
5 遠くを眺める
6 恒星
7 海のある惑星


ジャケットデザイン
- 石塚つばさ


  now on sale!!
  ¥1000-










inserted by FC2 system